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2010年7月 ~調停成立の帰り、仕事のことを考える~

離婚~2010年~

~リア充さん閲覧注意~
このブログは、リア充さんが読むと

悲しい気持ちになる恐れがあります。

今、絶好調に幸せなあなたは、読まないことを

おススメいたします。

 

 

▼前回のおさらい。

blog.gsfeerire.info

 

 

調停が成立した2010年7月某日。

 

その日は、

私の新たな人生が、スタートした日でした。

 

 

調停の成立後、

手続きに収入印紙が必要だったと記憶しています。

 

裁判所の目の前のショッピングモール内に

収入印紙を買いに行ったとき、

すごくドキドキしたことを覚えています。

 

ドキドキの理由は2つ。

 

やった~♡(*^▽^*)ノ

やっと決着がついた!

 

という高揚感と、

 

外に出た瞬間、

元旦那とばったり会ったらどうしよう・・・

 

という恐怖。

 

収入印紙を買いに行く往復の道のりは、

足取りは軽かったですが、

キョロキョロとして挙動不審だったと思います(笑)

 

 

無事に(?)、元旦那と出会うこともなく手続きも終了し、

母に、

「調停成立したよ!」

と電話で連絡。

 

母からは、

「お疲れさま。

あの人、来たんだ( ゚Д゚)驚

とにかく良かったね。」

との言葉をもらいました。

 

 

帰りの電車に乗る頃には、

調停終了直後のフワフワした気持ちも落ち着き、

今後のことを、少し冷静に考えることができました。

 

 

よく考えると、離婚したい気持ちばかりが先行して、

今後の生活のことなどちっとも考えていませんでした。

 

実家に転がり込んで食べさせてもらっていたことと、

娘がまだ赤ちゃん(2歳)だからということに甘えて、

両親におんぶに抱っこ状態だったのです。

 

仕事もしていませんでしたし、

被害者意識がとても強く、

 

「私は本当に運がない、可哀想な人間なの。

だから、その元凶のアイツ(元旦那)とは

早く別れないと、自分の人生は終わりだ!」

 

と、離婚調停を成立させることばかり考えていました。

当時の私は、元旦那への恨みや怒りをパワーにして生きていたのです。

 

 

しかし、離婚調停が成立してしまい、

私は、何を生きていく上でのパワーにすればいいのか、

考え直さなければいけなくなりました。

 

当時の私は、元旦那に向けていた感情を、

今度は娘に向けることで生きるパワーに変えようとしたのです。

 

 

この子を守れるのは私だけ!

だって、私はこの子の親だから。

 

これからは、私一人がこの子の親になるから!

だから、この子が成人するまでの私の人生は

この子のために使うんだ!!

 

この子を立派な大人にすることで、

元旦那を見返してやるっ!!

 

 

(元旦那の被害者から、

今度は娘を使って元旦那への恨みを晴らそうとする復讐者になっていることに、

当時の私は、まだ気づいていませんでした。)

 

 

 

娘を育てるために、まず必要なのは収入です。

仕事をしていなかった私は、もちろん無収入。


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「とにかく、まずは仕事をしよう!」

 

と思いました。

 

 

貯金もほとんどなかったので、

実家にいながら働くことになります。

 

母は専業主婦&元気なため、

母子家庭と言えど、

保育園入所の優先順位はかなり低くなります。

 

さらに、行政書士を目指そうと考えていたため、

勉強時間も確保したいと考えていました。

 

また、片親になってしまうので、

昼間はなるべく娘と一緒にいてあげたいとも思いました。

 

 

・両親に娘を預ける時間を極力少なくする。

・娘の活動時間である昼間は、娘と一緒にいる。

・保育園は優先順位が低いので、来年から幼稚園に入れる。

・勉強時間を確保したい。

 

 

という条件から、

大学生の頃にアルバイトをしていた地元のスイミングクラブで

日曜日の朝から夕方までの1日中、プール監視をすることにしました。

 

 

さらに、スイミングのコーチから

併設されている学習塾で先生を募集していることを聞き、

塾講師としても働かせていただくことになりました。

 

塾講師のお仕事は、収入面で私の大きな助けになりました。

さらに、仕事時間が夕方から夜なのも

私にとって、とても良い条件でした。

 

昼間、娘の面倒を見ながら塾の指導準備をし、

小学生指導の日は夕方4時頃に、

中学生指導の日は夜7時過ぎに職場へ向かいます。

 

 

中学生指導の日は毎回、

娘が私の父とお風呂に入っている時間に

そっと家を出ました。

 

塾講師としてのお仕事初日の日、

「母ちゃん、お仕事にいってきます。」

と言って、娘をギュウっとして家を出た後、

娘が大泣きして大変だったと母から聞いたからです。

 

お風呂の時間も、夕飯の時間も、寝る直前まで、

3時間近く、ずっとず~っと泣き続けていたそうです。

 

なので、塾のお仕事の日は

黙って家を出るのが習慣になりました。

 

娘に何も言わずに仕事に出るのは、

すごく胸が締め付けられましたが、

父母のフォローと、娘が我慢してくれたおかげで

仕事にしっかりと打ち込むことができました。


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 おかげさまで、

各種保険料と生活費、

娘の習い事(スイミング)代ほどの収入は、

何とか得られるようになりました。

 

またかなり少額ですが、

毎月、娘のために貯金もしました。

さらに余った月は、急な出費に備えて貯金しました。

 

それでも、足りない分は、

「コッチで負担してあげるよ。」

という父母の言葉に存分に甘えました。

 

「あ…。

 今月の収入は、1か月の必要費に満たない!」

と思ったときには、

「分割で返すので、貸してください。」

と、母に頭を下げてお願いしました。

(*パートなので、月ごとに収入の差があるのです。)

 

 

シングルマザー(ファザー)になるなら、

要らないプライドは完全に捨てた方が良いでしょう。

 

・甘えさせてくれるときは、

 その気持ちに感謝しながら甘えさせてもらう。

 

・つまらないプライドは捨て、頭を下げてお願いする。

 

・自分一人で何とかしようとしない。

 

 

この3つは、必要だと思います。

逆に、これができないと、

シングルでやっていくのはかなり苦しいと思います。


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こうして、まずは実家に甘えながら、

最低限の生活費は得られるようになりましたが、

 

 このままではいけない。

 父の収入を超えるほどの年収を得たい!

 〇〇(娘)がやりたいということを

 なんでも叶えてあげられるだけの収入を得るんだ!

 

という気持ちをずっと抱きながら、

何年も暮らしていくことになるのでした。

(その気持ちは、今でも継続中。)

 

 

今回は、かなり真面目な文章になってしまいましたね~。

ユル~く、でも真面目に書いていきたいと思いますw

 

 

~つづく~

 

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(*注意)

こちらのブログは、離婚調停当時~行政書士になった現在まで私の過去を辿るブログです。

このブログを書いているのは、

当時のどん底の私へ向けて「未来は明るいよ」とメッセージを送るためです。

また、当時の私のような境遇の方は、日本全国で実は少なくないのです。

その方たちは、今現在もお一人で苦しんでいられるでしょう。

そんな方たちに向けて、

『私も同じ境遇のひとりだったこと』、

『未来は願えば明るい方に動き出す』

ということを発信したいと思い、書いています。

 

「あなた、考え方が甘かったんじゃないの?」等のコメントはご遠慮ください。

もう過ぎてしまった過去のことなので・・・。

また、キツいコメントが書かれてしまいますと、

今現在悩まれている方の心をえぐってしまう可能性があります。

なにとぞ、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

 

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千葉県船橋市

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『女性のための夫婦・家族アドバイザー』
行政書士 渡部かおり (わたなべ かおり)

 

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